鹿島の本山雅志にものすごく似てるのではないかと思う。
2005年5月アーカイブ
インターナショナルセンターで受付の人(あえて名前は伏せておく)に間違った情報を流され、とんでもない迷惑をこうむったことがある。そのときの開き直りっぷりはすごかったが、特に俺にとって驚きだったのが、団体の中のほかの人がしたミスを、「団体を代表して」あやまるとかいう考え方はない、ということだった。
たったの3年だったが、俺もそういう思考回路になっていたらしい。
で、最近のJR西日本の攻め立てられっぷりをみていると、そういう点での文化の違いを激しく感じる。尼崎の事故がおきた時間帯に、事故がおきたことを知りつつボーリング大会にいってその後に酒まで飲みにいった、事故とは別の区の車掌の一団や、事故発生後にゴルフのコンペに行ったりしたJR職員たちが攻め立てられまくっている件に関してだ。
日本では、団体の中の個人なり一部がミスをした、もしくは事故を起こしたら、その団体全体がはでな行動を慎まないといけないらしい。
社長や幹部クラスの人間が社を代表して誤るなり攻め立てられるのは仕方ないけれど、一般の社員がそこまでする必要があるのか甚だ疑問に思う。
別に救助に駆けつける社員がいたりしたら、それはほめられたものだと思う。ただ、助けに行かなかったから、そしてボーリング大会をしてたから攻められるのはいかがなものか。
まあ、「うちの家族があんたの会社のめちゃくちゃな運転のせいで殺されたときにボーリングなんて!」と思う人の気持ちがわからないでもない。それでもやっぱり、JRの直謝りっぷりと社会のせめっぷりは、「組織に属する個人は、組織の看板と責任を背負っている」という日本文化を色濃く反映してるなあ、と思う。
自分の属する会社の不手際にも、”I didn't do it”と言い放つであろうアメリカ人とはえらい対照的だな、と思う今日この頃。