今の会社に入って、最近、某先輩から、「期待の大型新人」と呼ばれている。それはなぜかというと、俺がとんでもない物欲を有した人間だからだそうである。
自分自身としては、必要なものしか買わないし、ギャンブルは一切やらないし、毎晩飲み歩いて金をばら撒いているわけでもない。
ただ、ヨドバシカメラがダイスキなだけの、穏やかな人間なのだ。アメリカにいたときはBEST BUYがダイスキなだけの、穏やかな人間だったのだ。
そんなことはどうでもいいとして、今回、ひょんな取材からのこぎりを買ってしまった。のこぎりといっても、音楽をひくのこぎり。バイオリンの弓で弾くと、フイヤーン、となんとも不思議な音がする。
最初に見たときはなんともなかったのだが、取材で知り合った人に「ちょっと弾いてみます?」といわれ、試してみたら結構簡単に音が出て、しかも結構楽しかった。
室内ではやかましすぎるので、屋外のみで、インドア派の自分には向いてないのかもしれないが、まあ、欲しくなってしまったのである。衝動買い性質、スイッチオン、である。
で、それから数日考えた。結構悩んだ。のこぎりにどっぷりはまりこみ、毎日せこせこその辺の公園に出かけていっては演奏する自分ってのは、どう考えても想定しにくい。のこぎりなんか結局部屋の隅でほこりを被るんでしょ?っていう周りの指摘はそれほど外れていない気がする。そんなの無駄使いだ、シングルの時に金はためておけ、という人の言うことも、まあもっともだ。
たしかに有意義な買い物であるかどうか、無駄遣いではないのか、は100%どうか、とは言えない。全く言えない。でも、そういう衝動的なものに次から次へと手を出し、そのうちのいくつかで自分のいろどりが増して、今の俺のアイデンティティを形作ってきたのかもしれないと考えると、今回、大人ぶってのこぎりを買わないのは、物凄く寂しいことのように思えてきてしまった。
それに、やってみてもないのに、お金の無駄だからといってはなからあきらめてしまうのも寂しい人生なような気がする。無駄遣いだから、といって何も買わなかったら、確かにとんでもない貯金が出来るかもしれないが、ある変なものへの投資によって起きたかもしれない自分の面白い変化とか成長は一切期待できないわけで、そんなのくそつまらない。
だいたい俺は興味の範囲がかなり狭いのだ。アメリカで友達によく言われたことだが、俺はみんなで話していても、興味のあるトコだけばーんとテンションがあがってみんなの会話の輪を乱しまくった後に、話題が興味の無いものにうつると、まるでそこにいないかのように話を聞いていないのだ。そのくらい興味のあるものとないものへの態度が違うのだ。そんなに興味の幅が狭いのだから、そこにはまったものくらい思いっきり試してみたい。
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最近、おそらく僕が知っているなかで一番物欲が無い人間と知り合った。ものはつかえればいい、と言い張っている。それは、質実剛健、質素な生活を美徳としてそうしているわけでもなく、ただひたすらに、物欲がないだけのようだ。ぼろぼろになったりしていものもあるが、壊れるまでは、ということらしい。
世の中色んな人がいると思うので、他人の物欲がどうであろうと別に俺には関係のないことなのだが、とにかく俺は自分の狭い興味のツボにばつーんとはまって、これは欲しい!と思ったものはとにかく試してみたいのだ。